かつて蒸気機関車は、貨車に産業の発展を積み、客車に市民の日常生活を載せて、力強く疾走した。今日では車に主役の座を譲ってしまったが、鉄道は確かに近代社会の勃興と発展を牽引していた。蒸気機関車をはじめとするかつて活躍した花形車両たちの現在の静かなたたずまいは、そうした歴史的事実を眼に見える形で物語る。
その事情は、かつて存在した「東ドイツ」(ドイツ民主共和国、DDR)でも変わらない。むしろ「鉄のカーテン」に隠れて見えなかった旧社会主義国でこそ、鉄道車両はその社会や人々の日常をその社会の外側にいた人々に教え、また内側に暮らしていた人々に思い出させてくれる。ドイツ語で「東」をあらわす「オスト」(Ost)と「郷愁」をあらわす「ノスタルギー」(Nostalgie)の合成語で「オスタルギー」(Ostalgie)という言葉がある。東ドイツという国家が存在した時代と当時の事物への郷愁を意味する造語だが、現役を引退した鉄道車両はそのオスタルギーの中心的なアイテムだ。
そうした鉄道車両を近代の産業遺産として積極的に残していこうとしているのが「鉄道博物館」だ。とりわけドイツ東部のザクセン州にいくつかある鉄道博物館は、「東ドイツ鉄道」時代の車両ばかりではなく、可能な限り時代を遡って古い車両を保存・修復し、静態展示あるいは動態展示している。毎年春に開催される「蒸気機関車フェスティバル」は、勢いよく煙を吐いて走る機関車見たさに、ヨーロッパ各地から多くの観光客が集まる名物イベントとなっている。
本書は、ドイツ各地の鉄道博物館をくまなく探訪し、史料をあまねく渉猟した著者にして初めて可能な、ドイツ人もビックリの唯一無二の東ドイツ鉄道本である。掲載された511枚の写真から、オスタルギーとともに、海をも越える「鉄オタ」の情熱を感じてほしい。